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東京で地域活動するために必要だと思うこと

昨日、ビアライター富江弘幸さんによる、「まちづくりではなくみちづくり。大森山王ビールが地域のみちをつくり出す」と言う記事が公開されました。

こんな小さなブルワリーをインタビューしていただけるだけで、とても嬉しく、感謝しかないです。改めてありがとうございました!このインタビューではこれまであまり聞かれることがなかったことを聞いていただき、僕自身もハッとするというか、より鮮明になった部分があるので、その辺りを記したいなと思いました。

まあ、そこまで話題になってるわけではないですが、「地域活性」というのは、ずっとキーワードで存在していますよね。それはコロナによって移動が制限される中、より強調されるのかもしれません。

僕が大森で地域活動と呼ばれることをし始めたのは、ちょうど今から7年前。ビール事業を初めて、約2年半、大森山王ビールとして活動をし始めてから、1年が経ちました。

■東京でまちづくりは必要なのか?

僕はこの文章の中で、方法としては再現性はないかもしれませんね。と言っています。この質問に至るところで話していて面白かったのが、例えばあるホップが取れる町の場合、若者がやってきて、ホップ、ビールを盛り上げるぞ!となれば、すぐにでも歓迎されるムードがある。その意味で、地域活動や大義名分を作る必要はそこまでないかもしれない、それはすなわち地域との合意形成、大義名分の共有がもうされているからということですね。

それが東京のある1つの町の場合だとどうでしょうか?

住んでいる人からすれば、駅前にスーパーはあるし、飲み屋さんもある、買い物行こうとすれば大体はほぼその街で揃う。そんな町にいる中で、地域がより盛り上がるというのはそこまで必要じゃない。確かに僕も別に住んでいる上で何か不都合なことがあるわけじゃない。

そんな中でできる「地域活性」って何なのでしょうか?

僕の行動は地域を活性させたいのではなく、文中にもあるように「自分たちが住んでいる町に興味を持ってもらえたらいいな」ということです。そのために、ビールを作ったり、イベントを企画開催したり、とにかく大森でできる限り買い物もしています。そして、その大義名分があるから、今、あらゆるところで色々と協力者が出てくるのかなと感じています。

それがビールを売っているわけでないと言う理由ですね。

今、お店をやってると「つまみ作らないの?」と聞かれるのですが、うちは言ってしまえば、まちの案内所で良くて、うちで1、2杯嗜んでいただいたら、あとは大森にあるお店にご飯に行ってもらう、もしくは、商店街とかで何か買ってきてくれて、それでペアリングを楽しんで欲しいんですよね。

もしそこで少し色気を出してご飯で少し儲けようとなると、そこで何かしら敵ができてしまう気がしていて、それが文中で言っている「敵を作らない」ということでした。

広島にあるビールスタンド重富さんに行った時、帰り際のコメントが「行ってらっしゃい」、酒屋さんだからこそのコメントとはいえ、そういう配慮、それは言ってしまえば、粋でもあるし、品な気がしているのです。

■再現性はあるのか?

再現性という意味でいうと、どうしても僕個人との付き合いが多いので、その意味での再現性はないと思うのですが、大義名分を掲げ、そこに文脈や必然性が加わることで、協力してくださる人がちょっとずつ増えていく。最初はなかなか関係値を作れなくても、継続して活動をしていくことで、関係ができていく。それであれば再現性はあると思うし、ひょっとすると、商売やまちだけでなく、人生を豊かにする根本なんじゃないかと思うのです。

僕は、10年前には、仕事仲間、学生時代の友人だけが付き合いのある人達でしたが、10年経って、そこに地域の仲間というのが加わり、今はその仲間たちが基本にあります。それにより、失ったものもあるかもしれないけど、それでもすごく豊かになったと思います。そんな豊かな人が増えれば、そのまちは楽しくなるんじゃないの?っていうのが、僕の考えるまちづくりです。

だから、方法論的に言えば、まちにいる色んな立場の人たちと一人一人と関係値を作ること、その関係を定期的に共にアップグレードしていくこと、それしか、方法はないんじゃないかと思うわけです。そんな関係値を作る場所になれば良いなとつくったのが、「Hi-Time」です。挨拶をする時間、これは前に一度書いているのですが。

「通行人A」が「〇〇さん」に変わる。

「〇〇さん」が増えていく、それは客観的に見た、SNSのフォロー数とかでなく、その人主観の「〇〇さん」が増えていくということを意味しています。

■妬みを解決する方法

ところで、木下斉さんという方が、「地方を滅ぼす「成功者への妬み」のひどい構造」記事を書いています。

言っていることもわかる気がするのですが、関係地がちゃんとしっかり築けてしていれば、そんなこと起きないんではないかと僕は信じています。ちなみに、僕も最初は、ひとり浮いていたし、妬まれることもあったと思いますし、今でも外野から攻めてくる人もいます。だけど同世代だけでなく、70歳近くの商店街の理事長や近隣の会社社長や行政の方など、僕が愛されたい人たちにとても可愛がっていただいてると思うので、こういう煽りはちょっと違うんでないかなと思うのです。

まあ単に成功してないだけなのかもしれないんですけどね〜。

何が言いたいかというと、もう1つ、まちで活動する上で、必要なのは、体力だと思います。それは肉体的、何よりも精神的な体力ですね。

・失敗しても笑える
・怒られても反省して、少しでも改善する
・逃げない

続けていれば、何年かはかかるかもしれないですが、きっと協力者が出てくる。僕はそう信じています。その時に大事なのは、関わる人を「みんな」の一員にしないことです。自分でもそれをされることがとにかく嫌だし、僕も同じことをしたくない、それがまちづくりではなく、みちづくりだと言う根本です。

きっと上記の記事の事例もそうですが、妬みはきっと「みんな」から生まれるんだと思います。